DSCN1441一昨日12日、無事に帰国しました。9か月振りの日本、そう考えると短いようだが、何かとても久しぶりなような気がしてどこか新鮮味がある。

今回、ドバイ経由の飛行機を使って帰ってきた。なかなかの長時間フライトにはさすがに応えたが、初めてのドバイはとても興味深かった。ドバイと聞けば初めに思い浮かべる印象として「富豪」という言葉が似合う場所だが、割とその言葉通りの印象だった。とは言っても空港の中でうろうろしていただけなので、それではほとんどドバイの色などは見えないが…。しかし驚いたのは免税店の店員のかなりの割合を中国人が占めていた事。つまりこれは中国人の観光客が多いとも言えるだろう。きっと中国の富裕層の観光に好まれる場所なのだと分かった。次いでインド人も多く見かけた。そして何といっても空港内の「金売り場」は興味深かった。多くの観光客が金の取引に興味を持っている様子だった。

日本を離れてから海外から見る日本を感じる機会が増えてきた。外に出ないと分からない日本の良さや不可思議な点など、少しずつ分かってきたように思う。昨日、買い物に出かけた時にとても面白く思った事があった。
例えばスーパーで流れるアナウンス。「本日は大変お忙しい中、当店にお越しくださいまして、誠にありがとうございます」という文から始まる。しかし少し違和感があった。「大変にお忙しい中」という言葉は必要だろうか?忙しいかどうかなど分かるはずもない上に、客は物が必要だから店に足を運ぶ。また、トイレの張り紙では「大変申し訳ありませんが、備え付けのトイレットペーパー以外のものは流さないでください」とあった。何が大変申し訳ないのだろうか?・・・というと屁理屈を言っているように聞こえるかもしれないが、私が気になるのは「言葉に魂がない」という事。お店に入って第一声に聞く言葉「いらっしゃいませ」、さてこの言葉にどれだけの気持ちが入っているだろうか?
日本では何かある度にとりあえず謝る。これ自体は悪い事ではないと思うが、魂がない謝罪など謝罪ではない。これではいくら謝罪会見を開いてもあまり意味がない事になってしまう。魂の無い「いらっしゃいませ」でどれだけ「お・も・て・な・し」ができるだろうか?

とは言ってもこれは日本人の特徴とも言えるし、そうなりやすいと言うのもよく分かる。十分に言葉の重みについて考える必要があるだろう。