タブレット最近駅のホームにいると妙なことに気がつく。電車を待っている人の7割位が手のひらの画面に夢中である。いや、それどころか東京の人混みを歩くかなりの人それに夢中である。
現代のインターネットの発展は本当に物凄いものだと思う。指一本で買い物もできるし、地球の裏側にいる人とリアルタイムで会話もできる。でももしかしたら必要以上にその画面に依存してはいないだろうか?
日本には昔、侍や忍者がいたと言われていて、よく外国人から「サムライ」と呼ばれる事があるが、画面に夢中ですれ違う人と肩がぶつかったり、周りが見えていないような人のことをどうして「侍」と言えよう。例えばヨーロッパで同じことをしたら、間違いなく財布がなくなっているだろう。侍に「隙」という言葉は似合わない。
と言っている私も、最近購入したタブレットでこの文章を電車の中で打っていますが、突然の揺れで他人の足を踏んでしまいました。もっと気配に敏感な侍の精神を見習わなくちゃいけませんね。